2011年03月31日

小布施駅での共演①

小布施駅での共演①ということで、今日は長電各車両との共演写真を載せてみます。


鯨こと3500系との並び


続いて最も目にすることの多い8500系との並び

どちらも当たり前のごとくよく見られた光景ですが、今や貴重になりつつあります。

続いて、特急車両同士の並びです。


ゆけむり1000系との共演。


そして、新鋭スノーモンキーとの並びを・・・

っといきたいところですが、実はそのときを迎えるまでに空腹に耐えかねて私は長野へと戻ってしまったのでした(苦笑)
よってこんな強引な共演写真しかありません。

D編成が引退する7月までに一度くらいは撮るチャンスがあるかなと思い、それに期待しようと思っています。



そうなると残すは、目玉のA編成との並び。
これについては次回の記事題材とさせていただきます。  

Posted by みすずかる at 07:01Comments(0)長野電鉄

2011年03月30日

小布施駅のD編成

記事つなぎではありませんが、なかなか時間が取れないので今日も短くなってしまいます(苦笑)

付属中学前駅付近での撮影を終えた後、小布施へと向かいました。

この日は朝から昼の時間帯にD編成が展示されるとのことで、色々な車両との共演が楽しめるという企画でした。
また、駅構内では2000系の記念グッズも販売されていました。



信州中野より先へ行くのは何年ぶりだったでしょうか。
小布施へ観光に行ったのは2005年ですからもう6年も前になります。

駅に着くと既にD編成を撮る人で構内はなかなかの賑わいぶり。
駅舎・ホーム・そして2000系D編成。昔の映画にでも出てくるワンシーンのようです。
これでワンマン用ミラーがなければ・・・(笑)





思えばなかなか出会うことのなかったD編成
初めてじっくりと外観を撮ることができました。




共演シーンについては次回の記事でまたとり上げることにします。

こんなペースで書いていてはどれだけかかることやら・・・。  
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Posted by みすずかる at 07:01Comments(0)長野電鉄

2011年03月29日

先週の朝撮りから

一昨日のA編成さよなら運転には行けませんでしたが、その一週間前、20日の写真を載せていきます。

この日はA編成D編成が普通列車の一部運用に入るとのことで、せっかくならば乗るだけでなく、走る姿もカメラに収めておきたいと思い、朝天気のよいうちに「附属中学前」駅付近の踏切で撮影することにしました。

さすがに知られたポイントなのか、私が現地についた頃には既に先陣をきってスタンバイしている人が数人。
2000系の人気ぶりが伺えます。加えてこの時間帯が非常に効率よく撮影できるのも理由だったのかもしれません。


まずは予行演習で8500系を後ろ撮りしておきますw


そして本命第一弾のA編成がやってきました。
気合も入ります。


そしてさらに気合が入るD編成のお出まし。
7月まで生き延びるとはいえ、撮れるチャンスはもうそんなにはありません。


この2本を見送り、早々と片付ける人もいましたが、私は引き続きねばりました。
今後貴重になるかもしれない3500系(N編成)。


これから嫌でも見ることが出来るとはいえ、お初にお目にかかり実に新鮮に映った「スノーモンキー」こと2100系。



短い時間でこれだけの顔ぶれを収められ満足でした。
2000系に関してはほぼ正面からの撮影になったので、感度の悪い望遠レンズに頼らざるを得ませんでしたが、そこそこに見られる写真となりホッと胸をなでおろしたのでした(笑)

この後再び駅へと戻り、D編成が展示されるという小布施駅へと向かうこととなります。

(つづく)

  

Posted by みすずかる at 07:01Comments(0)長野電鉄

2011年03月26日

最終運行を前に

定期運行終了後も土休日などのイベントで元気な姿を見せてくれていた長野電鉄2000系A編成
いよいよその勇姿も明日の特急ダイヤ運行で見納めとなりそうです。

私もできることなら乗車と撮影に出向きたいところですが、今日が会社の出勤日であること、加えて財政的な理由で断念せざるを得ませんでした。(さすがに3週連続は厳しいですw)

代わりといってはなんですが、先週の日曜日の普通列車での運行時に乗ることができ、写真もそれなりに撮ることができたので十分満足しています。

朝陽-附属中学前間踏切にて

明日は寒いながらも晴れ間が出るようですし、トラブルなく最後の花道を飾って欲しいものです。
ありがとうA編成!

須坂駅ホームにて


※この前の日曜日の写真は明日以降また順次記事にしていくつもりです。  
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Posted by みすずかる at 18:44Comments(0)長野電鉄

2011年03月24日

再度チャレンジ

今年に入ってから何回も挑戦しつつもなかなか天候や雲、風と条件がそろわず満足した写真が撮れなかった松本城

この前松本に行ったとき、ようやく望んでいたものに近いものが撮れました。
やはりよく晴れた日の朝、気温が上がらないうちに行ってしまうのが「吉」です。

時間がなく急いでいた為構図はあまりよくありませんが、空は雲ひとつなく、アルプスの山々がくっきりと見えています。


今回の出来に決して満足することなく定点撮影を今後も行なっていきたいものです。
  

Posted by みすずかる at 23:47Comments(2)松本・安曇野エリア

2011年03月23日

稲倉峠越え

赤怒田の福寿草を見た後、行きにバスを降りた化石館まで戻りました。

名前の通り、バス停は四賀化石館の敷地内にあり、松本方面からやってきたバスはここで方向転換し、四賀支所へと向かいます。(四賀支所から来た松本行きバスも同じ) また市営のバスも同じところで発着しています。

往路松本から乗車した10820号車。昨年10月より行われている化石館から四賀支所までの試行運転が4月以降も継続されるのか気にかかるところです。



ところでこの四賀の化石館の立てられた経緯ですが、この付近で昭和63年に地元の小学生によってマッコウクジラの骨格化石が発見されたことをきっかけに、その他旧四賀村内で発掘された化石を展示すべく平成元年に開設されたとのこと。

福寿草まつりに行ったついでといっては何ですが、見学して行きました。
確かにあれだけ古いものがしっかりとした形で残っていることに「すごい」とは思いましたが、もともと考古に興味のない私にはありがたみなどわかるはずもなく、ささっと退館することになるのでした(苦笑)

四賀線は土休日の運行が1日3往復しかないので、このまま待つと次の松本行きは17時台になってしまいます。
それならば…、と考えていたのが稲倉峠越えでした。

事前に調べた内容によると、四賀の七嵐から稲倉まで、現在「林道白張稲倉線」なる名のついたこの道はかつては保福寺街道(東山道)として松本から上田へと抜ける重要なルートだったそうです。

直線距離で計ってみると歩けない距離ではないので、峠越えをすることにしました。

化石館付近から右に折れ、錦部小学校を右手に、集落を山の方へとひたすら上って行きます。
時おり道の分岐がありましたが、迷ったときは携帯電話の地図を用い、とにかく一番広い道をまっすぐゆきました。

高度が上がるにつれ車の通行量も減り(もともとそんなに多くはありませんでしたが・・・)、路面にも雪が目立ちようになります。
登っていく中で広がるアルプスの眺め。これぞまさしく私が見たかった風景です。


その後森林地帯に入り、ところどころ路面の凍結したところも見受けられました。
この日は暖かかったですが、それでもその前の週には雪も降ったようですからそれも無理はないでしょう。

ジグザグ道で展望もきかない舗装道を歩くのはなかなかつらいものでした。
それでも車がまったく通ることがなく、余計な気を遣わなくて済むだけでも気は楽です。

化石館から約1時間で峠へ到着。






もう登りはないと思い感じる解放感(笑)
足取りも軽く後半戦へと入ります。

こちら側は路面への日当たりがよいこともあってか、前半より幾分も歩きやすい道でした。
約40分の時間をかけて稲倉地区へ到着~!


が、しかしです。

ここから松本行きのバスに乗ろうと目論んでいたのですが、10分の差で間に合わずさらにその後も歩くこととなってしまったのです。

幸い天気は気持ちいい晴天。
バスを確実に捕まえられるところまで歩くことにしました。


途中コンビニで水分補給をしつつ、また三才山線のバス停もいくつか撮影しつつ松本へと歩きます。



このバス停読みは「やましろ」ですが、アクセントが前にある独特の読み方をしていたのが印象に残っています。




稲倉からさらに歩くこと1時間。
浅間温泉までたどり着きました。ここまで来れば一安心。

そんなに待つことなく松本行きのバスを捕まえることができ、この日の「遠足」は終わりを迎えました。


余談ですがこのバス停、表記が「松本電鉄」となっています。
最近のものは「松本電気鉄道」が一般的ですが、ここは旧バージョン(赤いバス停)の表記になっているようです。  

Posted by みすずかる at 23:57Comments(2)松本・安曇野エリア

2011年03月22日

四賀の福寿草

話は10日ほど前のことになりますが、四賀地区赤怒田(あかぬた)の福寿草を見に行ってきました。

福寿草の花は春を告げる代名詞ともいえる花で、一足早い春を見ようとこの時期には毎年多くの人が福寿草公園を訪れます。
私の場合は福寿草を見るのもさることながら、松本市の中でも私が特に好きな四賀地区ののどかな風景を見ることもここへ足を運んだ目的のひとつでした。

この時点では満開とはいかなかったものの、雪の間から顔を出した黄色い花に春の訪れを告げています。


案内板にもある通り、ここ四賀の赤怒田は県下随一の福寿草群生地だそうです。
全部で50万株も自生しているとのこと、それらがいっせいに咲いている様もできれば見てみたいものです。


そして広がるのどかな風景と青空に映える北アルプスの山々。




時が経つのも忘れるような、いいところです。  
タグ :松本市四賀

Posted by みすずかる at 23:56Comments(0)松本・安曇野エリア

2011年03月21日

長野⇔大阪線の運行パターン

(今回の記事から通常パターンに戻していくことにします。)

私が比較的利用する機会の多い川中島バス・長野⇔大阪線

共同運行の阪急バスとは昼行、夜行便とも隔日の交互担当で運行されていますが、昨日から少しそのパターンが崩れた模様です。

先週末の土曜日の梅田発夜行便までは順当だったのですが、昨日の昼行便が珍しいこととなっていました。
本来なら川バス運行の梅田発の昼行便が、続行便として阪急バスが入っているではないですか・・・。

これまでの傾向だと、続行には42339号車が入っていましたが、現在は早朝便に回っているため車両が足らずこのようなことになったのではと推測しています。

よって、3月中については

<奇数日>
大阪発 (昼行)阪急 (夜行)川中島

長野発 (昼行)川中島 (夜行)阪急

<偶数日>
大阪発 (昼行)阪急 (夜行)川中島

長野発 (昼行)川中島 (夜行)阪急

だったのが、明日から(一部今日から)は逆転することとなります。

また、車両運用についても今日は異変が起きていました。

長野発早朝便が42339号車だったのは順当ですが、大阪発の早朝便に40886号車、そして大阪発の昼行便に40814号車が使用されていました。



大阪で日中時間帯に40814号車を見るのはいつ以来のことだったでしょうか。
御開帳ラッピング以来見ていなかった気がするので、なかなか新鮮に映りました。  

Posted by みすずかる at 23:58Comments(2)川中島バス

2011年03月18日

7年前の写真から

大地震から一週間が経過。

被災された方々にとっては長い長い一週間だったことと思います。
日に日に死者数は増え、今日の時点で阪神大震災の死者数を越えたとの報道がなされました。

再度被害にあわれた方々にお見舞い申し上げると共に、なくなられた方々のご冥福をお祈りしたいと思います。

一部の地域で鉄道が運行を再開したり、道路の復旧作業が進行したり、また物流面でもわずかに光が差してはきたもののまだまだ厳しい闘いが続くことでしょう。

どこの地域でこのような災害が起こってもショックではありますが、東北地方は私自身とても好きなところであり、以前行った場所が変わり果てた姿で映し出されるのは大変ショックです。
アルバムを探ってみると以前釜石に行ったときの写真が少しながら出てきました。
学生時代にフィルムカメラで撮ったものなので、あまりきれいではありませんが・・・。

一ノ関からくねくねと遠回りしながら気仙沼、大船渡、盛を目指す大船渡線。
好きな路線の一つでした。


気仙沼にて撮影。
ここも今回甚大な被害を受けたところです。

当時はまだキハ28の姿も。


気仙沼から海沿いを走り盛へ、さらに三陸鉄道に乗り継ぎ釜石まで。

2004年に釜石で撮影した写真。
穏やかな海。この海が牙を向け、すべてを呑みこんでしまうとこの時誰が想像できたでしょうか。




何年かかるかわかりませんが、いつかきっと復興しあの姿を取り戻すことを願ってやみません。  
Posted by みすずかる at 23:58Comments(0)その他

2011年03月15日

買い溜め…

あの地震から4日が経過しました。
通常の記事を書くというのがまだとてもできないので、今回も特別内容で書くことにします。

地震、津波、原子力発電所、日が経つにつれて今起こっていることが判明してきており、いかに大災害だったかということを思い知らされています。地震そのものの被害は東北ほどでなかった首都圏でも電気供給の問題や、物資の供給ルートの問題などで大変な状況だがずっと続いています。

食料の品薄状態は関西にも波及し、スーパーでは飲料やカップ麺をはじめとするインスタント食品が飛ぶように売れており、また東日本エリアでの計画停電に備え、ガスランタン、懐中電灯、単一乾電池などを関西ルートで手に入れることも行われているようです。

(画像は記事とは直接関係ありません。茨城県の某ショッピングモールの外観を以前撮影したものです。)

人の考え方はそれぞれですが、買い物をしつつほかの人の行動を見ていると、二パターンに大きく分かれていました。
とにかく米、カップ麺や水、缶詰を買いまくる人と平常時と何ら変わらず日常に必要なものを買う人。地震による被害を受けていない関西地方なのに、「品薄だ」とか「次いつ入るかわからない」と聞けば突如買いだめに走る行為、どうも理解できません。
そういう人に限って普段はごはん食でなくパン食中心だったりするのかもしれません。

ヘルツの違いで協力に限度がある節電をする以前に、品薄でかつ被災地で必要とされるようなものは必要最低限の購入(緊急用にせよ)にとどめ、そういうものが被災地に流れやすいようにすることが重要ではないかと個人的には思います。
それだって大切な「できること」でしょう。

ちなみに私はというと・・・、水は2リットルのが1本、その他は日々使うお茶のパックとか明日の食材くらいです。
そもそも重いものを持って帰る体力もありませんし。
  
Posted by みすずかる at 23:58Comments(0)その他