2011年01月17日
内田線 乗車記
久しぶりに「乗車記シリーズ」です。
今回は松本バスターミナルから白川、寿台東口を経由し倉村へと向かう内田線に乗車してきました。

この内田線ですが、寿台東口までは寿台線、松原線と同一経路で走り、それ以遠は独自の路線となっています。
内田線トータルで見ると平均乗車密度は7.16人と損益分岐点にほぼ迫る乗車成績でありますが、寿台東口から倉村間だけで見るとその数値は0.38人にまで落ちてしまいます。運行本数も平日のみで、現在では朝と夕の計2往復のみとなっています。
(平均乗車密度は2010年データ)
松本バスターミナルを出てしばらくすると南に進路を変え、バスは市街地を走っていきます。
他の路線でも見られるような沿線風景ではありましたが、それも寿台東口まで。
寿台の交差点を直進すると田畑が目立つようになり、また道路のカーブやアップダウンも増えてきます。
車窓右手にはアルプスの山々もよく見えました。

この沿線には、修験道の寺として知られる寺院牛伏寺、江戸時代末期の民家建築として国の重要文化財に指定されている馬場家住宅、アルプスと松本平を一望できる温泉として知られる崖の湯温泉など名所旧跡は多いのですが、馬場家住宅を除き、歩くにはかなり離れておりバスでのアクセスは実質厳しいものとなっています。
終着の倉村は、以前乗車した中山線の終点「古屋敷」と同じような終着バス停というには中途半端なところでした。



結局終着まで乗車したのは私一人、というよりもこの便に関しては全区間通してほとんど乗客がなかったのが実態です。
ここ数年多くの路線が運行形態の見直し、路線の縮小廃止と続いている中、この路線も決して安泰とは言えません。ただ、松本へと向かう便はそれなりに各停留所で乗車待ちも多く何とか存続していってほしいものです。
今回は松本バスターミナルから白川、寿台東口を経由し倉村へと向かう内田線に乗車してきました。

この内田線ですが、寿台東口までは寿台線、松原線と同一経路で走り、それ以遠は独自の路線となっています。
内田線トータルで見ると平均乗車密度は7.16人と損益分岐点にほぼ迫る乗車成績でありますが、寿台東口から倉村間だけで見るとその数値は0.38人にまで落ちてしまいます。運行本数も平日のみで、現在では朝と夕の計2往復のみとなっています。
(平均乗車密度は2010年データ)
松本バスターミナルを出てしばらくすると南に進路を変え、バスは市街地を走っていきます。
他の路線でも見られるような沿線風景ではありましたが、それも寿台東口まで。
寿台の交差点を直進すると田畑が目立つようになり、また道路のカーブやアップダウンも増えてきます。
車窓右手にはアルプスの山々もよく見えました。

この沿線には、修験道の寺として知られる寺院牛伏寺、江戸時代末期の民家建築として国の重要文化財に指定されている馬場家住宅、アルプスと松本平を一望できる温泉として知られる崖の湯温泉など名所旧跡は多いのですが、馬場家住宅を除き、歩くにはかなり離れておりバスでのアクセスは実質厳しいものとなっています。
終着の倉村は、以前乗車した中山線の終点「古屋敷」と同じような終着バス停というには中途半端なところでした。



結局終着まで乗車したのは私一人、というよりもこの便に関しては全区間通してほとんど乗客がなかったのが実態です。
ここ数年多くの路線が運行形態の見直し、路線の縮小廃止と続いている中、この路線も決して安泰とは言えません。ただ、松本へと向かう便はそれなりに各停留所で乗車待ちも多く何とか存続していってほしいものです。

2011年01月16日
一見…
これまた新年の松本駅付近にて。
遠目には普通の松電エアロバス600番台での増車と思いきや、なぜか松電本社からではなく松本駅側からバスターミナルに向かうそのバスの正体は…。

よくよく見るとハイランドの24411号車でした。
ハイランドの増車というと、とかくスーパーハイデッカー車が目立ちますが、こういう車両が充当されることもあるのですね~。
(ちなみにこの便の本務車1号車はハイブリッドの10995号車でした。)
遠目には普通の松電エアロバス600番台での増車と思いきや、なぜか松電本社からではなく松本駅側からバスターミナルに向かうそのバスの正体は…。

よくよく見るとハイランドの24411号車でした。
ハイランドの増車というと、とかくスーパーハイデッカー車が目立ちますが、こういう車両が充当されることもあるのですね~。
(ちなみにこの便の本務車1号車はハイブリッドの10995号車でした。)
2011年01月15日
発車時の一コマ
一日に何回も見られる松本バスターミナルでの高速バス発車シーン。
通常でも休日を中心に増車は見られますが、長期休みのUターンラッシュ時などは普段なかなか見られない車両が出てくるところに出くわしたりします。
写真はエアロクイーンⅡの28034号車ですが、高速路線に充当されてバスターミナルから出てくる姿はハイランドにいる姿より一段とカッコよく見えますw

2号車以降は小回りでターミナルから出てくることも多く、なかなか公式側を見せた状態で撮れることはないのですが、このときはいい具合に出てきてくれました。
通常でも休日を中心に増車は見られますが、長期休みのUターンラッシュ時などは普段なかなか見られない車両が出てくるところに出くわしたりします。
写真はエアロクイーンⅡの28034号車ですが、高速路線に充当されてバスターミナルから出てくる姿はハイランドにいる姿より一段とカッコよく見えますw
2号車以降は小回りでターミナルから出てくることも多く、なかなか公式側を見せた状態で撮れることはないのですが、このときはいい具合に出てきてくれました。
2011年01月14日
増車いろいろ
写真は3日午後の松本バスターミナル付近にて。

Uターンラッシュということもあり、新宿行きの増車として4台が待機しています。
(1、2号車のみこの時点で入っていなかったので恐らく2号車も京王の受け持ちかなと推測します)
それにしても、3号車から6号車まですべて車両が違うとは…(笑)
1号車:京王 エアロエース(確認できず)
2号車:(確認できず)
3号車:ハイランド 新型GALA 29103号車

4号車:ハイランド エアロクイーンⅡ 28033号車

5号車:ハイランド セレガR GJ 21049号車

6号車:ハイランド GALA(SHD) 23075号車

そしてまたそのすべてがスーパーハイデッカー車というのもなんと言うか。
座席が狭いことをカバーすべく施されたサービスなのでしょうか(笑)
どの車両が何号車に使用されるかは当然乗客には乗るまでわからないわけですが、この中のどれでもいいので一度高速バスとして乗車してみたいものです。

Uターンラッシュということもあり、新宿行きの増車として4台が待機しています。
(1、2号車のみこの時点で入っていなかったので恐らく2号車も京王の受け持ちかなと推測します)
それにしても、3号車から6号車まですべて車両が違うとは…(笑)
1号車:京王 エアロエース(確認できず)
2号車:(確認できず)
3号車:ハイランド 新型GALA 29103号車

4号車:ハイランド エアロクイーンⅡ 28033号車

5号車:ハイランド セレガR GJ 21049号車

6号車:ハイランド GALA(SHD) 23075号車

そしてまたそのすべてがスーパーハイデッカー車というのもなんと言うか。
座席が狭いことをカバーすべく施されたサービスなのでしょうか(笑)
どの車両が何号車に使用されるかは当然乗客には乗るまでわからないわけですが、この中のどれでもいいので一度高速バスとして乗車してみたいものです。
2011年01月13日
1230M
元日に長野市で夕方まで過ごした後、夜行バスに乗るべく松本まで移動しました。
乗ったのは19時50分に長野を出る松本行き1230M。
同区間を走る大半の普通列車が3両編成であるのに対し、運用の都合かこの列車は6連で運転されています。

正月の夜なのでそもそも松本へ利用客は多くないのでしょうが、それに加えて6両編成というある種過剰輸送気味の運用は、実に快適な環境を提供してくれました。
車内はガラガラです(笑)

激しい頭痛に悩まされゆっくり休みたかった私にとってはまさに不幸中の幸いでした。
……………………………………………………………………………………………………………………………………
松本到着後、大阪行きの夜行バスに乗って帰ったわけですが、なぜに長野から夜行バスに乗らず(それも川中島バスでの運行日に!)あえて松本まで移動してから夜行バスに乗ったのか?
実は往復切符を買っていたからなのでした。
松本発大阪行き往復という、関西在住の私にとっては何とも珍しい買い方で…。
というわけで、続く記事は休み後半戦の内容へと移ります。
どうぞよろしくお願いします。
乗ったのは19時50分に長野を出る松本行き1230M。
同区間を走る大半の普通列車が3両編成であるのに対し、運用の都合かこの列車は6連で運転されています。

正月の夜なのでそもそも松本へ利用客は多くないのでしょうが、それに加えて6両編成というある種過剰輸送気味の運用は、実に快適な環境を提供してくれました。
車内はガラガラです(笑)

激しい頭痛に悩まされゆっくり休みたかった私にとってはまさに不幸中の幸いでした。
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松本到着後、大阪行きの夜行バスに乗って帰ったわけですが、なぜに長野から夜行バスに乗らず(それも川中島バスでの運行日に!)あえて松本まで移動してから夜行バスに乗ったのか?
実は往復切符を買っていたからなのでした。
松本発大阪行き往復という、関西在住の私にとっては何とも珍しい買い方で…。
というわけで、続く記事は休み後半戦の内容へと移ります。
どうぞよろしくお願いします。
2011年01月11日
元日の収穫
そろそろ元の記事に戻ろうと自分に言い聞かせ…。
いえ、無理やり戻します!
……………………………………………………………………………………………………………………………………
遥か前のことのように思えますが、実はまだほんの十日前という2011年元日。
今年の元日は4年目となる善光寺での二年詣りを行い、日が昇ってからは「初風呂」、「年明けそば」、「撮り始め」というコース。

お蕎麦屋さんではミニおせちで正月気分を味わい…。


バスターミナルで、移籍間もない車両を初撮影。

飯田線に入る40973号車を見たり…、

さっそく「ウイングライナー」の文字が消された40411号車に遭遇したり。

そうそう、川バスバージョンの「バスという手もある」シリーズも自分の目で見ることができました。

そして暗くなってからは千曲の初代エアロバスを何とか撮影でき、これで元日撮影の締めとします。
っという収穫たっぷりの元日。
幸先よいスタートのはずでした(苦笑)
いえ、無理やり戻します!
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遥か前のことのように思えますが、実はまだほんの十日前という2011年元日。
今年の元日は4年目となる善光寺での二年詣りを行い、日が昇ってからは「初風呂」、「年明けそば」、「撮り始め」というコース。

お蕎麦屋さんではミニおせちで正月気分を味わい…。


バスターミナルで、移籍間もない車両を初撮影。

飯田線に入る40973号車を見たり…、

さっそく「ウイングライナー」の文字が消された40411号車に遭遇したり。

そうそう、川バスバージョンの「バスという手もある」シリーズも自分の目で見ることができました。

そして暗くなってからは千曲の初代エアロバスを何とか撮影でき、これで元日撮影の締めとします。
っという収穫たっぷりの元日。
幸先よいスタートのはずでした(苦笑)
2011年01月10日
気分転換
三連休も家にいると全く無駄に時が流れてしまい、気づけば明日からまた会社です。
一昨日の件で正月気分は遠い昔のことのように消えてしまいましたが、年末年始の長野・松本での出来事はまだまだ書き切れておらず、次回以降また順次書いていこうと思います。
せっかくの三連休、どこにも出掛けないのはあまりにもったいないと思い、気分転換の意味からも今日は出掛けてきました。
どうも最近悪いこと続きで気分が優れません。
思いつきでふらっと出掛けたのは高野山。
使うあてもなく買ってしまった「スルッと関西2Dayチケット」の有効利用も兼ねてのものでした。


電車とケーブルカー、そして路線バスとを乗り継いで標高約1,000mまで来るとそこは別世界。
積雪はもちろんのこと、一時は吹雪いてもいました。
そんな中路線バスが臨時便をどんどん出していたのには大助かりでした。



そもそも出発が遅かったこともあり、限られた時間内に奥の院や金剛峯寺といったいくつかの有名寺院を訪れるにとどまりましたが、雪の高野山周辺を歩くことで少し気持ちがすっきりした気がします。
近くはないですが、さほど遠くもない場所にあるのでまたじっくりと時間をかけて見てみたいところです。

(補足)
先週末から私のミニノートが故障寸前の状態に至っています。
場合によっては記事投稿ができなくなるかも知れませんが、どうぞご了承ください。
恐らく当面新規で買う予算は捻出できないでしょうし…。
一昨日の件で正月気分は遠い昔のことのように消えてしまいましたが、年末年始の長野・松本での出来事はまだまだ書き切れておらず、次回以降また順次書いていこうと思います。
せっかくの三連休、どこにも出掛けないのはあまりにもったいないと思い、気分転換の意味からも今日は出掛けてきました。
どうも最近悪いこと続きで気分が優れません。
思いつきでふらっと出掛けたのは高野山。
使うあてもなく買ってしまった「スルッと関西2Dayチケット」の有効利用も兼ねてのものでした。



電車とケーブルカー、そして路線バスとを乗り継いで標高約1,000mまで来るとそこは別世界。
積雪はもちろんのこと、一時は吹雪いてもいました。
そんな中路線バスが臨時便をどんどん出していたのには大助かりでした。



そもそも出発が遅かったこともあり、限られた時間内に奥の院や金剛峯寺といったいくつかの有名寺院を訪れるにとどまりましたが、雪の高野山周辺を歩くことで少し気持ちがすっきりした気がします。
近くはないですが、さほど遠くもない場所にあるのでまたじっくりと時間をかけて見てみたいところです。

(補足)
先週末から私のミニノートが故障寸前の状態に至っています。
場合によっては記事投稿ができなくなるかも知れませんが、どうぞご了承ください。
恐らく当面新規で買う予算は捻出できないでしょうし…。
2011年01月09日
レコード2枚
通常の記事に戻る前にもう一呼吸置きたいと思います。
三連休の2日目。
一夜明けてもパクさん逝去のショックは癒えず、また自分自身ほぼ終日体調不良だったこともあり夕方まで家から一歩も出られませんでした。
夕方少し体調に回復が見られたので、電車に乗ってレコードショップへ。
二店回り収穫はこの2枚。

結成30周年の記念レコード(LP盤)ともうひとつEP盤を購入。
いいものが手に入りました。
帰宅後昔の動画を開き4人が元気そうに歌っている姿を見ると、「パクさんは今も生きているのでは」と思ってしまう自分がまだどこかにいます。
数々のニュースソースを読むと、他のダークダックスのメンバーはまだコメントできる状況ではないと書かれていましたが、2回会っただけの私でもこれだけショックなのですから、学生時代から数えて60年以上一緒にいた他の3名の心情を思うとその辛さは測りきれないものがあることでしょう。
失ってしまったものはとても大きいですが、ダークダックスが60年近くにわたって歌ってきた数々の歌は、レコード、カセットテープ、CD、DVD等ありとあらゆる手段を通じてこれからも聞くことができます。そして何よりも私の記憶の中に刻まれています。
10日、11日に藤沢市で行われる御通夜、告別式には参列できませんが、遠く離れたところからご冥福をお祈りしたいと思います。
三連休の2日目。
一夜明けてもパクさん逝去のショックは癒えず、また自分自身ほぼ終日体調不良だったこともあり夕方まで家から一歩も出られませんでした。
夕方少し体調に回復が見られたので、電車に乗ってレコードショップへ。
二店回り収穫はこの2枚。

結成30周年の記念レコード(LP盤)ともうひとつEP盤を購入。
いいものが手に入りました。
帰宅後昔の動画を開き4人が元気そうに歌っている姿を見ると、「パクさんは今も生きているのでは」と思ってしまう自分がまだどこかにいます。
数々のニュースソースを読むと、他のダークダックスのメンバーはまだコメントできる状況ではないと書かれていましたが、2回会っただけの私でもこれだけショックなのですから、学生時代から数えて60年以上一緒にいた他の3名の心情を思うとその辛さは測りきれないものがあることでしょう。
失ってしまったものはとても大きいですが、ダークダックスが60年近くにわたって歌ってきた数々の歌は、レコード、カセットテープ、CD、DVD等ありとあらゆる手段を通じてこれからも聞くことができます。そして何よりも私の記憶の中に刻まれています。
10日、11日に藤沢市で行われる御通夜、告別式には参列できませんが、遠く離れたところからご冥福をお祈りしたいと思います。
2011年01月08日
訃報
突如ショッキングなニュースが入って来たので、今回は年末年始の記事を中断し書くことにします。
「ダークダックス 高見澤宏さん逝去(77歳)」
(日経新聞)
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819695E2EAE2E29A8DE2EAE2E3E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2
(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/person/news/20110108k0000e060022000c.html
(スポニチ)
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/01/08/kiji/K20110108000011290.html
日本を代表するコーラスグループとして、60年近く活動を続けてきたダークダックス。
そのトップテナーを担っていたのがパクさんこと高見澤さんでした。
私がダークダックスのファンになって早16年。
そして、いつかは一度お話をしたいと思っていたメンバーの中で初めてお話しすることができたのがパクさんでした。
2008年の12月23日、中央線の三鷹から新宿まで電車でご一緒させて頂いたことは今なお鮮明に残っています。そして、翌2009年9月に館林の記念館で行われたイベントの際には再度お会いすることができ、「元気だった?」と開口一番言って下さったパクさん。9か月も前にたった一度会っただけの私をちゃんと覚えていて下さったことがあの時はうれしくてたまりませんでした。

2009年記念館イベントにて(許可を得て撮影)
左からパクさん・ゲタさん・ゾウさん
昨年より体調が悪いとは伺っていましたが、そこまで悪かったとは…。
今となっては名刺まで頂きながら、筆不精から一度も手紙を書かなかったことは悔やんでも悔やみきれない気持ちです。
信じたくないニュースではありましたが、テレビをつけニュースで「銀色の道」が流れているのを見るとやはり事実なのだなと受け止めています。
今はただそれでいっぱいいっぱいでこれ以上うまくことばを綴れません。
高見澤さんの御冥福を心よりお祈りしたいと思います。
今まで本当にありがとうございました。どうぞごゆっくりお休み下さい。
「ダークダックス 高見澤宏さん逝去(77歳)」
(日経新聞)
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819695E2EAE2E29A8DE2EAE2E3E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2
(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/person/news/20110108k0000e060022000c.html
(スポニチ)
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/01/08/kiji/K20110108000011290.html
日本を代表するコーラスグループとして、60年近く活動を続けてきたダークダックス。
そのトップテナーを担っていたのがパクさんこと高見澤さんでした。
私がダークダックスのファンになって早16年。
そして、いつかは一度お話をしたいと思っていたメンバーの中で初めてお話しすることができたのがパクさんでした。
2008年の12月23日、中央線の三鷹から新宿まで電車でご一緒させて頂いたことは今なお鮮明に残っています。そして、翌2009年9月に館林の記念館で行われたイベントの際には再度お会いすることができ、「元気だった?」と開口一番言って下さったパクさん。9か月も前にたった一度会っただけの私をちゃんと覚えていて下さったことがあの時はうれしくてたまりませんでした。
2009年記念館イベントにて(許可を得て撮影)
左からパクさん・ゲタさん・ゾウさん
昨年より体調が悪いとは伺っていましたが、そこまで悪かったとは…。
今となっては名刺まで頂きながら、筆不精から一度も手紙を書かなかったことは悔やんでも悔やみきれない気持ちです。
信じたくないニュースではありましたが、テレビをつけニュースで「銀色の道」が流れているのを見るとやはり事実なのだなと受け止めています。
今はただそれでいっぱいいっぱいでこれ以上うまくことばを綴れません。
高見澤さんの御冥福を心よりお祈りしたいと思います。
今まで本当にありがとうございました。どうぞごゆっくりお休み下さい。
タグ :ダークダックス
2011年01月08日
42169号車
元日の夕方、長野駅東口へ少し寄ってみたところそこにいたのは42169号車でした。
これまで定期路線での運用に就くのを見たことのなかったこの車両。
いつの間にか貸切用から路線用へと配置転換されていたようです。

一見これまでも大町系統によく使われていた普通のセレガGJと同じなのですが、明らかに違うのが〝 おでこ〝。
他のセレガFD(420XX号車)やエアロバス(40857号車)にも設置されているLEDによる行先表示機ですが、何とこの車両は真ん中に設置されています(笑)
しかもスーパーハイデッカーなので随分と高い位置に;;;)汗
それが見えにくいのをカバーするためか否か確かではありませんが、運転席横にはサボも…。
しかもLED表示とは行き先が一致しません。

ん~?
っとなるとLEDの存在意義は???
ちょっと不思議な42169号車です。
それにしてもセレガGJが常時白馬線に入るというのであれば、私なんぞ喜んで白馬へ行きますよ~(笑)
これまで定期路線での運用に就くのを見たことのなかったこの車両。
いつの間にか貸切用から路線用へと配置転換されていたようです。
一見これまでも大町系統によく使われていた普通のセレガGJと同じなのですが、明らかに違うのが〝 おでこ〝。
他のセレガFD(420XX号車)やエアロバス(40857号車)にも設置されているLEDによる行先表示機ですが、何とこの車両は真ん中に設置されています(笑)
しかもスーパーハイデッカーなので随分と高い位置に;;;)汗
それが見えにくいのをカバーするためか否か確かではありませんが、運転席横にはサボも…。
しかもLED表示とは行き先が一致しません。

ん~?
っとなるとLEDの存在意義は???
ちょっと不思議な42169号車です。
それにしてもセレガGJが常時白馬線に入るというのであれば、私なんぞ喜んで白馬へ行きますよ~(笑)